大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所 昭和29年(レ)31号 判決

控訴人 松村常一

被控訴人 日本セメント株式会社

主文

原判決を次の通り変更する。

控訴人は被控訴人に対し別紙目録〈省略〉記載の家屋を明渡し且つ昭和二七年一月一八日から右明渡済にいたるまで一ケ月金三〇円の割合による金員を支払え。

被控訴人その余の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも控訴人の負担とする。

事実

控訴人代理人は「原判決を取消す。被控訴人の請求を棄却する訴訟費用は一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め被控訴人代理人は「本件控訴を棄却する。」との判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張は、被控訴人代理人において、仮に控訴人の退職により賃貸借が終了したとの主張が理由がないとしても、本件家屋は元来被控訴会社の従業員の福利施設である関係上、従業員以外の者には使用せしめないことを原則としているところ、被控訴会社は現在多数の住宅困窮従業員を擁している為、被控訴会社の従業員を以て組織する労働組合から強く本件家屋の使用を求められている状態にある。しかるに、他方控訴人は昭和二五年一一月七日被控訴会社を退職したのにかかわらず、被控訴会社は控訴人に対し移転費用や帰郷旅費等を支給するから本件家屋を明渡してほしい旨口頭または書面で度々懇請したが、頑としてこれに応じないで今日にいたるまで本件家屋の明渡をしない。以上の事実は借家法第一条の二に所謂正当事由に該当するから、被控訴会社はこれに基き本件訴状により解約の申入をなし、右訴状は昭和二六年七月一七日控訴人に送達されたから、同日から六ケ月後である同二七年一月一七日の経過とともに本件賃貸借は終了したものというべきである。したがつて、いずれの点からしても、控訴人は被控訴会社に対し本件家屋明渡の義務あること勿論であると述べた外、原判決摘示事実と同一であるから茲にこれを援用する。

〈立証省略〉

理由

本件家屋が被控訴会社の社宅であつて、当時被控訴会社の従業員であつた控訴人が本件家屋を賃料は一ケ月金三〇円、毎月末日その月分支払、退職と同時に明渡すことを定めて賃借居住していること、控訴人は昭和二五年一一月七日被控訴会社を退職したことは当事者間に争がない。

よつて、本件賃貸借が控訴人の退職と同時に明渡す旨の特約により終了した旨の被控訴会社の主張の当否について考えるに、およそ、社宅は従業員一般を対象とする福利施設の一つであり、従業員の任意の利用に供することによつて、使用者の事業経営に利益と便宜とをもたらすものであるが、従業員はその資格においてその権利として社宅の使用を主張しうるものではなく、また、使用者はその義務として従業員に社宅を提供しなければならないものではない。また社宅の利用関係の開始終了が必ずしも雇傭関係の開始終了と機を一にすべき要請もない。つまり雇傭関係と社宅の使用関係とは性質上当然相随伴するものではない。したがつて社宅の使用関係が賃貸借である以上賃貸の目的が社宅であるということ以外に何等一般家屋の賃貸借と異るところがなく、目的が社宅であるということも、ただそれだけの事由では借家法の適用を排斥してよいとの合理的根拠に乏しいから、社宅の賃貸借には当然借家法の適用があるものと解するを相当とする。したがつて被控訴会社主張の退職と同時に明渡す旨の特約は借家法第一条の二及び第三条の規定に反し賃借人に不利であることを明かであるから、同法第六条の規定に照してこれをなさないものと看做されるさればこの点に関する被控訴会社の主張は理由がない。

そこで被控訴会社主張の本件賃貸借の解約申入の効力について考えることとする。

被控訴会社は昭和二六年七月六日本件家屋明渡請求の訴訟を提起し右訴状は昭和二六年七月一七日控訴人に送達されたことは本件記録によつて明かである。そうして、右明渡請求には本件家屋賃貸借の解約の意思表示を包含するものと解されるから、被控訴会社は本件訴状の送達により控訴人に対し本件家屋賃貸借の解約の申入をなしたものというべきである。

よつて、右解約の申入に正当の事由があるかどうかについて考えるに、成立に争のない甲第一号証、第二号証の一、二、証人佐藤清治の証言、控訴本人尋問の結果の一部を綜合すると、本件家屋は従業員の福利施設である社宅であつて、被控訴会社は現在多数の住宅困窮従業員を擁し、これ等の従業員を社宅に収容する必要にせまられているのみならず、従業員を以て組織する労働組合よりその使用を要求されている状態にあること、控訴人の退職の際再三に亘り控訴人に対して移転費用、帰郷旅費等を支給することを申入れて本件家屋の明渡を求めたが、現在にいたるまで控訴人はこれに応じないこと、他方、控訴本人尋問の結果によると、控訴人は三人家族で生活にさして余裕はなく、他に転居先を求める資力は勿論、さしずめ転居すべき住家の目当もないことが認められるが、本件家屋が社宅であり、且つ控訴人は賃借に際し退職と同時に明渡す旨約している前記当事者間に争のない事実からすると、控訴人は、被控訴会社の従業員の居住の為に必要が生ずれば本件家屋を明渡す積りで賃借したものと推認(右認定に反する控訴本人尋問の結果の一部は信用しない。)されるのみならず、前記認定のように被控訴会社からの明渡要求に対して全然耳を藉さず爾来数年を経過した今日まで、転居に必要な資金の調達並びに転居先の物色の為充分の時間的余裕があつたにもかかわらず、その間住宅の問題解決に誠意のある努力を払つた形跡がないことが本件口頭弁論の全趣旨から窺えるから以上認定した当事者双方の利害得失を比較考察するときは、単に控訴人に目下転居先がないということだけで、被控訴会社の解約申入の正当事由を否定するわけにはいかない。

そうだとすると本件賃貸借は前記解約申入の日から六ケ月後の昭和二七年一月一七日限り終了し同日一八日以降控訴人は本件家屋を不法に占拠し被控訴会社に対し賃料相当額である一ケ月金三〇円の割合による損害を蒙らしつつあるということができる。

よつて、被控訴会社の本訴請求中、家屋明渡並びに昭和二七年一月一八日以降一ケ月金三〇円の割合による損害金の支払を求める部分は相当であるから認容すべく、その余は理由がないから棄却すべきである。したがつて、この範囲において原判決を変更し訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条、第九六条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 相賀照之 中島孝信 小畑実)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例